研究所案内

なぜ新潟の「手の外科」なのか

 Hand Surgery「手の外科」(現在は診療科名を手外科と改めた)は、 第2次大戦中に戦傷者の手の治療を積極的に行った米国のS Bunnellらによって体系づけられた、比較的新しい外科分野です。 戦後1950年代始めに米国に留学した私たちの師である田島達也先生がその素晴らしさに感動し、 新潟大学整形外科に帰学した後1955年頃から大学で手の外科診療を開始し、同時に関心を持った若手の整形外科医を教育しました。 田島先生が新潟大学整形外科の教授になった1970年には既に「新潟手の外科」という看板は国内では認知されており、 田島先生が教授を退官する1989年までの19年間が「新潟手の外科」が大きく飛躍した時期でした。 これまで新潟大学から多くの手の外科の人材が育ちましたが、田島先生は新潟にとどまらず国内各地から研修生を受け入れ、 また「新潟手の外科セミナー」を始めて、日本国内の手の外科の発展に寄与しました。 大学を退官した後、田島先生は新潟手の外科研究所に移り、ライフワークである手の外科の普及に努めました。

沿 革

~新潟大学名誉教授 田島達也教授の意を継いで~

田島先生は大学退官後も新潟で手の外科の診療、教育、研究が続けられる施設をと考え、その設立を県に働きかけた。

1958年 9月「財団法人新潟手の外科研究所」として教育、研究を目的に新潟県から公益財団法人認可を受けた。残念ながら独自の診療の場を持つことは出来なかった。
1986年 1月新潟中央病院内のスペースを借りて吉津を所長に事業を開始した。診療は新潟中央病院内で行った。
1987年12月牧が着任。基礎的研究も開始した。
1989年 4月田島達也先生が理事長として着任。
1990年 3月日本整形外科学会認定医 研修施設認定
1997年 5月田島先生が名誉会長就任。吉津が理事長、牧が所長となった。
1997年10月坪川着任
2003年 3月 9日田島先生ご逝去
2005年 4月成澤着任
2007年 4月吉津が会長となり牧が理事長、坪川が所長となった。
2008年 4月森谷着任
2012年 4月 1日「一般財団法人新潟手の外科研究所」に体制を変更した。
2012年 6月北蒲原郡聖籠町に新たに一般財団法人新潟手の外科研究所と50床の手外科専門病院である新潟手の外科研究所病院を開設し移転した。
2012年 7月 2日新潟手の外科研究所病院の診療を開始し、現在に至る。

財団役員

評議員中村敬彦、藤口憲輔、木島秀人、大山峰生
理 事吉津孝衛、牧  裕、坪川直人、成澤弘子、森谷浩治
監 事坂井啓二、山岸 豪

貸借対照表

平成27年度貸借対照表